July 08, 2008

【七夕な恋の色@吉祥寺】

日は落ちて、世の中のものが全て橙色に染め始まる。
段々と藍色に消えゆく井の頭公園を横目に、織本夕子は「金の猿」でビールを一口口に流した。
黄金色の泡液体が夕子の決して派手ではない朱色の唇を通り越す。

「お姉さん、こんな洒落たお店でおひとりですか?」

「つ〜か、遅いから!!」

夕子は星野達彦に言った。
悪いが、もうお姉さんという歳じゃない。
お姉さんのときは、隣で煙に焼き鳥の香りをウェイターしている「いせや」に行っていた。
武蔵野美術大学、通称ムサビの学生だった夕子は、合コンで達彦と知り合った。
たしか駅の南口のありふれた居酒屋で、夕子も達彦も人数合わせで参加したのが、始まりだ。
その当時、夕子にも達彦にも恋人がいて、結局その二人が浮き、二人だけで話す空気になり、十五年以上経った今もそいつと話している。
そして、夕子と達彦だけがその合コンに出たメンバーの中で未だ独身なわけである。

「ごめんごめん、これでも仕事が忙しくてね」

「はいはい、「ぶぶか」で油そばしか作れなかったラーメン小僧が、仕事で遅刻なんて、偉くなったものね」

「まあまあ、今宵は七夕ということで、俺がオゴるから」

七夕かぁ。
とうとう夕子の前に、彦星らしい彦星は現れず、あっという間に年月が経った。
まさに年月だけは流れ星で、肝心なときはいつも雨。
夕子は何年か前の男からもらったピンクシルバーのピンキーリングに目をやり、ビールをまた喉に贈った。

「なあ、夕子知ってるか?
インドにはな、ティミという鯨よりもでかい魚が海の向こうにいるんだ。でも、そのティミはティミ・ギラというさらに大きい魚に丸飲みされちゃって、さらにティミ・ギラはさらにでかいティミ・ギラ・ギラに食われんだ」

「具体的な無限の話ね」

「人生みたいだな」

「どこが?」

夕子は笑った。
最近、笑い方に品が勝手に出てきてしまう。

「さあ・・・」

達彦もいつの間にか大人の男になっている。
首から垂れる薄い紫のネクタイはムサビ的に合格点をやっても良い。

また流れ星が通り、あっという間に閉店の時刻になった。
いせやはとっくに閉まっている。

「あっ、雨」

達彦が言った。
そう。夕子の人生、いつも七夕は雨・・・。

「仕方ないな、入ってけよ」

達彦のブラックの鞄から、竹色の折りたたみ傘が出てきて、夕子と達彦の前で小さく広がった。
夕子は達彦とくっついて、駅に向かった。
サンロード側のネオンが天の川に見える。

雨の七夕も悪くない。





kaninoasiha at 10:59|PermalinkComments(0)この記事をクリップ! 【Short Story】